富山県適正農業規範に基づく農業推進条例(仮称)素案について

1.前 文

近年、食の安全に不安を与える事件が相次いで発生し、食の安全に対する国民の意識が急速に高まっている。また、食料供給の確保と農家の所得向上を図るため、肥料、農薬の使用等による農業の合理化、集約化が進められてきたが、その一方において、農地の余剰な養分や農薬の残留等による環境への影響が懸念され始めている。
こうした中、本県農業は、豊かな自然と恵まれた水環境を活用し、農業者の優れた技術とたゆみない努力によって水稲の生産を中心に発展してきたが、このような社会情勢の変化に伴って、なお一層の消費者の信頼向上と農業生産活動に伴う環境への負荷の低減がいま求められている。また、将来にわたって安全で高品質な農産物を生産するためには、土壌、水等の清らかな農業環境を守り、子々孫々に引き継いでいくことが不可欠である。
このため、農業生産活動において、安全な農産物を生産し、環境を保全し、及び農業者の安全を確保するために必要とされる具体的な取組等を「適正農業規範」として定めることにより、すべての農業者がこれに対する認識を深め、共有するとともに、各々が自らの農業生産活動を見直し、改善を図る等適正農業規範に基づく農業を推進していくことが必要である。
ここに、農業者の積極的な取組並びに県、市町村及び農業に関する団体の相互の連携の下に、適正農業規範に基づく農業を推進し、もって本県が農産物の安全性と品質、環境との調和に優れた産地として県内外からの信頼を集め、その地位を確立し、本県農業が更なる発展を遂げるため、この条例を制定する。

前文は、この条例を制定する趣旨、基本的な考え方を明らかにしたものです。
近年、輸入食品による薬物中毒の発生、事故米穀の不正規流通、原産地等の不正表示事件等が相次いで発生し、食の安全に対する人々の意識が急速に高まっています。
また、我が国の農業は、肥料や農薬の発明等によって生産性を飛躍的に向上させてきましたが、場所によっては、土壌が疲弊して生産力が失われたり、農地の余剰な養分や農薬の残留等による環境への影響が懸念され始めています。琵琶湖や霞ヶ浦の周辺地域では、湖沼の水質を改善するために、環境に配慮した農業への取組が既に始められています。

これまで本県の農業は、豊かな自然と恵まれた水環境を活用し、農業者の方々の優れた技術とたゆみない努力によって発展してきましたが、このような社会情勢の変化を踏まえれば、より安全・安心な農産物を消費者に届け、農業が環境に及ぼす負荷をできるだけ小さくすることが、いま必要とされています。 以下にご説明する適正農業規範に基づく農業は、人間の健康を守り、自然と調和し、消費者の積極的な信頼を獲得する持続的な農業を実現するためのものであり、将来の本県の農業の発展を図るうえでの礎(いしずえ)になるものと考えています。 現在、県内においては、富山米等についてJAによる生産工程管理(GAP:Good Agricultural Practice 直訳すれば「良い農業の実施」)の取組が緒についたばかりですが、県、市町村、農業団体が連携して、こうした農業者の取組を支援し、促進すること、さらには、農業者の取組が消費者に十分理解され、積極的に支持されることによって、農業者と県民が一緒になって、本県の農業を発展させ、ふるさと富山の恵まれた環境を守っていくことを期待しています。

2.目 的

第1条

 この条例は、農業者による適正な農業生産活動を推進することにより、安全な農産物を生産し、環境を保全し、及び農業者の安全を確保し、もって農業に対する県民の信頼の向上に資するとともに、本県農業の持続的な発展に寄与することを目的とする。

はじめに、条例を制定する目的を定めています。 この条例は、農業に対する県民の信頼をなお一層向上させること、本県農業が将来に渡って持続的に発展することに役立つことを目的としています。

3.定 義

第2条

 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(1) 農業者 農業生産活動を行う者をいう。
(2) 農業生産活動 農産物の栽培、収穫、集荷及び市場、販売所等へ出荷するための保管等を行うことをいう。
(3) 農産物 米、麦類、豆類、いも類、野菜、果実、花き等をいう。

定義では、「農業者」、「農業生産活動」、「農産物」の3つの用語が、この条例の中でどのような意味で用いられているのかを明らかにしています。 「農業者」とは、次に説明する「農業生産活動」を行う者をいいます。農産物の販売を目的とせずに農業生産活動を行う者も含まれます。 「農業生産活動」とは、栽培、収穫、集荷のほか、市場等へ出荷するまでの間に行う保管等の行為をいいます。市場等へ出荷するために保管だけを行うことも農業生産活動に当たります。 「農産物」とは、田畑で栽培される米、麦類、豆類、いも類、野菜、果実、花き等をいい、食肉、牛乳、鶏卵等の畜産物や加工食品は「農産物」に含まれません。

4.適正農業規範

適正農業規範の策定

(適正農業規範の策定)

第3条 知事は、農業者が農業生産活動において安全な農産物を生産し、環境を保全し、及び農業者の安全を確保するために必要とされる取組に関する規範(以下「適正農業規範」という。)を定めるものとする。
2 知事は、適正農業規範を定め、又はこれを変更したときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。

「適正農業規範」とは、①安全な農産物を生産し、②環境を保全し、③農業者の方々の労働安全を確保する際に、手本となる農業生産活動の実践方法を定めたものです。
県が、この条例に基づき「適正農業規範」を定めることで、今後の取組の目標や方向性を明確にし、地域の農業者が皆で取り組んでいけるような状況を作ることをねらいとしています。

適正農業規範の内容

(適正農業規範の内容)

第4条 適正農業規範は、次に掲げる事項について定めるものとする。

(1) 土壌、水、肥料、農薬、施設、設備等の適正な管理及び使用に関する事項
(2) 収穫後の農産物の適正な管理に関する事項
(3) その他必要な事項
2 適正農業規範は、農薬取締法(昭和23年法律第82号)、食品衛生法(昭和22年法律第 233号)その他の法令、国又は国際機関が定めた指針、科学的知見等を基本として定めるものとする。
3 適正農業規範は、自然条件、農業形態等本県の特性に応じて定めるものとする。
4 知事は、適正農業規範を定めるに当たっては、農業生産活動における具体的な実践方法を、その必要性とともにできるだけ分かりやすく示すよう配慮するものとする。

適正農業規範は、土壌、水、肥料、農薬、施設、設備等の管理の仕方や使い方、収穫された農産物の管理の仕方について、農薬取締法や食品衛生法などの農業生産活動に関係する様々な法令、国等が定めた指針(例えば「環境と調和のとれた農業生産活動規範について(H17.3.31農林水産省生産局長通知)」「住宅地等における農薬使用について(H19.1.31農林水産省消費・安全局長通知)」など)や科学的知見を基に、その適正なあり方を定めることとしています。
なお、適正農業規範は、チェックリストではありません。農業者の方々が、「なぜこうした取組が必要なのか」「なにが問題なのか」を理解するために役立ち、「どうすれば解決できるのか」を具体的に分かりやすく解説した手引書です。各種の法令やガイドラインが定めている「規制や制度」を、農業生産活動の各場面における「方法や手順」として具体的に示し、農業者の方々の実践を手助けするものと考えています。
また、適正農業規範は、本県農業者にとって真に有益なものとなるように、本県の自然条件、農業形態等の特性に応じて定めることとしています。

農業者等の意見の反映

(農業者等の意見の反映)

第5条 知事は、適正農業規範を定めるに当たっては、あらかじめ、農業者、消費者その他関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。
2 前項の規定は、適正農業規範の変更について準用する。

適正農業規範の策定過程における公正さを確保するとともに、農業者、消費者、それ以外の関係者の方々の意見を反映させるため、適正農業規範の立案段階において、これらの方々が意見を述べる機会を設けるなどの必要な措置を講じなければならないこととしています。 また、このような趣旨を踏まえれば、パブリックコメントの手続を実施することが適当と考えられます。

5.農業者等の責務

(農業者等の責務)

第6条 農業者は、適正農業規範に基づく農業生産活動の実践に取り組むよう努めるものとする。
2 農業者のために農業の経営及び技術の向上に関する指導を行う者は、適正農業規範に基づいてその指導を行うよう努めるものとする。

農業者の方々が、農業生産活動を行う中で、適正農業規範を参考にしながら、その実践に向けて取り組むよう努力義務を定めています。 また、直接、農業生産活動を行う者についてだけでなく、JA、栽培委託者等が、農業の経営及び技術の向上に関する指導を行う場合においても、適正農業規範に基づいた指導を行うよう努力義務を定めています。

6.県民の責務

(県民の責務)

第7条 県民は、安全な農産物を生産し、及び環境を保全するための農業者の取組に対する理解を深め、適正農業規範に基づく農業生産活動の実践により県内で生産された農産物の消費の増進に努めるものとする。

安全な農産物を生産しうる清らかな土壌、水等の環境を守るとともに、私達が安心して口にできる農産物を生産し、届けるために、農業者がどのような地道な工夫や努力を重ねているのか、県民の方々に深い関心を寄せていただくこと、また、そうした農業者の取組を皆で支援するために、適正農業規範の実践により生産された農産物が、より多く消費されることを期待しています。
農業者の取組が正しく評価され、より多く消費されることで、適正農業規範の実践がさらに広まり、私達自らの安全な食生活や環境を守ることにつながっていくと考えています。

7.県の責務

(県の責務)

第8条 県は、適正農業規範に基づく農業生産活動の普及を図るため、次に掲げる施策を総合的に推進するものとする。
⑴ 適正農業規範に対する農業者の理解を深めるための啓発
⑵ 市町村及び農業に関する団体と連携した推進体制の整備
⑶ 適正農業規範に基づく農業生産活動の実践について技術的指導を行う人材の育成
⑷ 適正農業規範に基づく農業生産活動の実践に取り組む農業者に対する支援
⑸ 安全な農産物を生産し、及び環境を保全するための農業者の取組に対する県民の理解を深めるための啓発
⑹ 適正農業規範に基づく農業生産活動の実践により県内で生産された農産物の消費の増進を図る施策
⑺ 適正農業規範に定める内容に関する調査研究
⑻ その他必要な施策
適正農業規範に基づいた農業生産活動が農業者の間に浸透し、より広く行われるようにするために、県が推進すべき施策を挙げています。
まず、農業者に対しては、①適正農業規範に対する認識を深めていただくことに始まり、②県と市町村、JA等の農業団体が一体となって取り組むための体制づくり、③技術的な助言を行える人材を育てることや、④適正農業規範の実践に対する支援を行うこととしています。
次に、消費者に対しては、第7条(県民の責務)の規定の趣旨を踏まえ、⑤農業者の取組に理解を深めていただき、⑥適正農業規範の実践により生産された農産物が、より多く消費されるような施策を行うこととしています。また、法令の改正、科学的知見の充実や社会情勢の推移に対応して、適正農業規範を見直していくために、その内容に関する調査研究を引き続き行うよう定めています。

8.施行期日

(施行期日)

附 則(施行期日):この条例は、公布の日から施行する。ただし、第6条の規定は、平成24年4月1日から施行する。

条例中、第6条(農業者等の責務)の規定については、適正農業規範の策定や推進体制づくりにある程度の時間を要することや、適正農業規範の策定後、農業者の方々にその内容を周知し、準備していただくための期間が必要なことから、平成24年4月1日からの施行としています。